第1話 「夜勤、無理かも…」―ある薬剤師のつぶやき
「もう夜勤、限界かも…」
休憩室でコーヒーを飲みながら、ユカリはポツリとつぶやいた。新卒から働いて3年目。病院薬剤師として毎日慌ただしく働いてきたけれど、最近は夜勤がじわじわと心と体にきていた。
「夜勤あると生活リズムぐちゃぐちゃになるし、体力的にもきついよね」
同僚の舞さんが隣に座りながら相槌を打つ。「私も最初の頃は寝不足でフラフラだったよ」
「それだけならまだ頑張れそうなんだけど…」とユカリは視線を落とした。「最近、先輩との人間関係もちょっと…気を使いすぎて疲れちゃって」
舞さんはうなずいた。「うん、人間関係はね…ほんと大事。うちの病院、ちょっとピリピリしてるときあるから余計にしんどいよね」
「職場見学のとき、もっとよく見ておけばよかったな。雰囲気とか」
「そうかもね。私も別の病院で働いてたとき、なんとなく良さそうだと思って決めたんだけど、いざ入ってみたらピリついた空気でびっくりしたもん」
ユカリはふっと笑った。「舞さんもそんなことあったんだ」
「あるある。あとさ、旦那さんの転勤で辞めちゃう人もいるんだよね。薬剤師って女性多いから」
ユカリは頷いた。夜勤、人間関係、そして家庭の事情。みんな何かしらの理由で悩みながら働いている。だからこそ、自分に合った働き方をちゃんと見つけたい。そう、ユカリは思った。
「転職も、選択肢の一つかもね」
舞さんのその一言に、ゆかりは小さく「うん」と答えた。
第2話 「自分に合う職場って、どこだろう」―ユカリの転職準備
夜勤明けの静かな朝。
カーテン越しの柔らかい光の中で、ユカリはスマホを手に転職サイトを眺めていた。
「夜勤なし…」「残業少なめ…」「人間関係が良さそうな職場…」
希望を並べればキリがない。でも、“なんとなく合わない職場”で毎日を消耗するのはもうやめたい。そんな思いが、ユカリをじわじわと動かしていた。
数日後、舞さんとランチに出たとき、ユカリは意を決して相談した。
「実はさ、転職エージェントに登録してみたんだ。まだ面談だけだけど…」
「おお、いいじゃん!」舞さんが笑顔で返す。「私の友達もエージェント使って転職してたよ。自分じゃ探しきれない職場、紹介してくれるって」
「うん、担当の人と話してみたら、『雰囲気重視なら、職場見学も組んでもらえますよ』って言われてさ。ちょっと安心した」
「わかる!見学って大事だよね。説明のときの雰囲気とか、スタッフの表情とか、空気感って絶対伝わるもん」
「うん。前はなんとなくで就職先決めちゃったけど、今回はちゃんと“自分に合うかどうか”で選びたいんだ」
「それ、めっちゃ大事!」舞さんは力強くうなずいた。
帰り道、ユカリは空を見上げた。
夜勤のない日常、穏やかな人間関係、ちゃんと休める週末。そんな未来が、少しずつ現実味を帯びてきている。
「私、変わりたいんだな…」
そう心の中でつぶやいたとき、不思議と背筋がスッと伸びた。
第3話 「見ればわかることが、ある」―ユカリの職場見学と面接
週明けの午後。
ユカリは少し緊張しながら、紹介されたクリニック薬局に見学に来ていた。駅から徒歩5分、こぢんまりとした建物だけど、中に入るとなんとも言えない温かい空気が流れていた。
「こんにちは〜!あ、エージェントの方から聞いてますよ!」
笑顔で出迎えてくれたのは、主任薬剤師の女性。40代くらいだろうか、柔らかな物腰が印象的だった。
見学中もスタッフ同士が穏やかに会話していて、ピリピリした雰囲気はまったく感じられない。
「ここ…なんか落ち着くかも」
その日は見学だけの予定だったけど、帰り際に「良ければ、面接も受けてみませんか?」と声をかけられた。
迷った末、翌週、面接を受けることに。
当日、面接官は院長と主任薬剤師。履歴書に軽く目を通しながら、こんな質問が飛んできた。
「前職ではどんなことが一番大変でしたか?」
「…夜勤ですね。体力的にもですが、リズムが崩れることで、仕事に集中できない日もありました」
正直に答えると、院長がうなずいた。
「うちは夜勤はありません。スタッフの心身の健康は最優先なので、無理はさせませんよ」
主任薬剤師もこう続けた。「薬剤師はチームワークが命です。お互いが声をかけ合って、助け合える職場を大事にしてるんです」
面接が終わったあと、ユカリはふっと肩の力が抜けた。
「ここなら、もう少し“自然体”で働けるかもしれない」
そんな感覚が残った。
帰り道、駅前のカフェでスマホを取り出し、舞さんにメッセージを送った。
「見学も面接もすごく良かった。ちょっと、前向きになれそう」
送信ボタンを押したあと、ユカリは小さく笑った。
一歩踏み出すことでしか、見えない景色がある。そう、確かに感じていた。
第4話 「心に余裕があると、世界が違って見える」―ユカリ、新しい職場での毎日
「おはようございます!」
朝9時。新しい職場での1日がスタートした。
以前のような夜勤はない。前日はちゃんと眠れて、朝ごはんもゆっくり食べて出勤できる。それだけで、こんなにも気持ちが違うなんて——ユカリは少し驚いていた。
職場は思った通り、温かな空気が流れていた。
主任薬剤師の佐藤さんはいつも声をかけてくれるし、先輩たちも「無理しなくて大丈夫だよ」と自然にフォローしてくれる。誰かが忙しそうだと、別の誰かがサッと手を貸す。その“気づき”と“気遣い”が当たり前にある環境。
「この間の患者さん、〇〇の副作用で悩んでたから、資料まとめておいたよ〜」
「ありがとう!助かる!」
そんな会話が飛び交うたび、以前感じていた“ピリピリした空気”との違いを実感する。
ある日、ランチ休憩中。ユカリはふと自分のスマホを見つめた。そこには転職前にエージェントとやりとりしていたメッセージが残っている。
「もし、あのとき動いてなかったら…まだ夜勤でフラフラしてたかもな」
新しい職場に慣れるのは不安だった。
でも、今では“ちゃんと人と関わりながら働ける”喜びが、日々じんわりと心を満たしていた。
帰り道、空を見上げると、少し赤みがかった夕焼けが広がっていた。
「早く帰れるって、いいな…」
夜勤明けにクタクタで帰る日々じゃ、こんな風景にも気づけなかっただろう。
――転職は怖かった。でも、それ以上に、あのときの自分が「動いた」ことを、今は誇らしく思える。
明日は金曜日。週末は友達と温泉に行く予定だ。
そんな何気ない日常に、小さな幸せを感じながら、ユカリは帰路についた。
第5話 「あのときの私と、同じ目をしてた」―ユカリ、後輩からの相談
「先輩、お久しぶりです〜!」
土曜の午後、駅前のカフェ。
ユカリの前に座るのは、かつて同じ病院で一緒に働いていた後輩、ミナちゃん。大学の後輩でもあり、今も病院薬剤師として頑張っている。
「最近どう?LINEで『ちょっと相談したい』って言ってたけど…」
ミナはカップを両手で包むように持ちながら、ぽつりとこぼした。
「実は…夜勤がキツくて。最近、朝まで働いたあと、そのまま会議とか続いて…体力的にも精神的にも限界かもって」
その言葉に、ユカリは胸が詰まった。
「…私も、同じこと思ってたな」
そう、転職を決めたあの頃の自分と重なった。
「ミナちゃん、私が転職した理由、知ってた?」
「なんとなくは…。でも、ちゃんとは聞いてませんでした」
「私も夜勤が限界だったの。体調も崩しそうだったし、“行きたくない”が口グセになってた。だから思い切って、夜勤のないクリニックに転職したんだ」
ミナの表情が少し和らいだ。
「…正直、逃げるみたいで怖くて。でも、先輩の話聞いてたら、逃げじゃなくて“選び直す”ってことなんだなって思えてきました」
ユカリは頷いた。
「そう。無理して壊れちゃう前に、自分を守る選択をすることも、すごく大事だよ」
「……転職して、よかったですか?」
「うん、本当によかった。今は夜はちゃんと寝て、朝ごはん食べて出勤できてる(笑)。小さなことだけど、心が全然違うの」
そう言って、スマホを取り出し、以前相談していた転職エージェントの情報をミナに見せた。
「話を聞いてくれるだけでも楽になるし、求人もけっこういろんな選択肢があるよ」
ミナはゆっくりとうなずいた。
「……私も、ちょっと動いてみようかな」
カフェを出る頃、ミナの背中は少しだけ軽くなっていた。そしてユカリは、そっと心の中で思った。
「あのときの私が、今の私をここに連れてきた。今度は私が、誰かの“きっかけ”になれたかもしれない」
春の風が、ユカリの髪をやさしく揺らしていた。
第6話 「私にも、選んでいい未来があるんだ」―ミナの転職ストーリー
日曜の夜。
ミナはスマホを握りしめたまま、ため息をついた。
カフェでユカリ先輩に会ってから1週間。
転職エージェントのLINEは登録したけれど、最初のメッセージを開いていない。
「ほんとに、私にできるのかな…」
夜勤のない職場に行きたい。でも、今の職場を辞めるのも、上司に伝えるのも、怖い。
そんな思いが、胸の奥にしこりのように残っていた。
だけど――
ユカリ先輩の笑顔をふと思い出した。
「今は夜、ちゃんと寝てる(笑)」
その何気ない言葉が、なんだかとても羨ましかった。
“ちゃんと寝る”ことが羨ましいなんて、自分でも情けない。
でも、だからこそ分かった。
「…私も、変わりたいんだ」
意を決して、エージェントのメッセージを開いた。
登録は3分ほど。質問に答えていくと、「電話かWEBでお話ししませんか?」という返信が届いた。
少しだけ、胸がドキドキした。
次の日の夜。
オンラインでキャリアアドバイザーと話した。
今の勤務体制、夜勤の負担、職場の雰囲気――全部話すと、画面の向こうのアドバイザーさんは、静かにうなずいてくれた。
「無理に今すぐ辞めなくても大丈夫ですよ。まずは“どんな職場があるのか”を知ってみましょう。合う場所、きっとありますから」
それだけで、心がふっと軽くなった。
“辞めるかどうか”じゃなくて、“選択肢を持つかどうか”だったんだ、と気づいた。
数日後。
届いた求人一覧の中に、「夜勤なし・在宅支援あり・チームワーク重視」というクリニックの案件があった。
思わず、ユカリ先輩の姿が浮かぶ。
「……ちょっと、見学だけ行ってみようかな」
まだ不安もある。
でもあのとき、カフェでユカリ先輩がくれた言葉が今も心に残っている。
「自分の人生、ちゃんと自分で選んでいいんだよ」
その言葉に、ようやく自分がうなずけた気がした。
第7話 「小さな一歩が、未来を変えるんだ」―ミナ、内定までの物語
「こんにちは、本日見学に来ました、ミナです」
少し強張った声で、受付に名乗る。
このクリニックが、ミナにとって初めての職場見学だった。
緊張で手のひらはじっとり。
でも、エージェントさんから「見学だけでOK。面接じゃないから大丈夫ですよ」と言われていたのを思い出し、深呼吸した。
案内してくれたのは、柔らかい雰囲気の薬局長。
ミナの不安を察したのか、優しく声をかけてくれた。
「病院と違って、夜勤も当直もない分、生活のリズムは整いやすいですよ。うちはお子さんがいるスタッフも多いので、シフトはみんなで助け合ってます」
通される先々で、スタッフたちが自然に挨拶をしてくれる。
中には談笑しながら作業している人たちもいて――
ふと、ミナの顔が緩んだ。
(なんか…空気がやわらかい)
ユカリ先輩が「雰囲気のいい職場って、案内してくれる人の態度にも出るよ」って言っていたのを思い出す。
あの言葉は本当だった。
見学後、エージェントから電話が来た。
「ミナさん、先方が“ぜひ面接も”とおっしゃっていますが、ご希望されますか?」
一瞬迷ったが、迷っている自分に少し嫌気がさしていた。
「……受けてみたいです。お願いします」
オンラインで行われた面接は、緊張したけれど、穏やかな雰囲気だった。
志望動機や今の職場で感じていることなど、正直に話した。
「これがダメだったら、それでもいい」
そう思えるくらい、今はちゃんと自分の言葉で話せていた。
数日後、エージェントからの電話。
「ミナさん、内定出ましたよ!」
「えっ……本当ですか?」
驚きと同時に、じんわりとこみ上げてくるものがあった。
誰かに褒められたような、やっと自分が認められたような――そんな感覚。
クリニック側も、ミナの話し方や今までの経験に好印象を持ってくれたという。
「すぐに決めなくていいですから。ゆっくり考えてくださいね」
エージェントのその言葉に、思わず「ありがとうございます」と頭を下げていた。
週末、再び駅前のカフェ。
目の前には、あのときと同じユカリ先輩。
「内定、出ました」
そう報告すると、ゆかりの目がぱっと輝いた。
「やったじゃん!おめでとう、ミナちゃん!」
「まだ迷ってる部分もあるんですけど…なんか、“ちゃんと前に進めた”って、今はそう思えてます」
ユカリはうんうんと頷いた。
「大丈夫。選択肢ができただけでも、大きな一歩。あとは自分の気持ちに正直に選べばいいよ」
カフェの窓の外では、春の花が咲き始めていた。
ミナは、その風景を眺めながら、心の中でそっとつぶやいた。
(私にも、ちゃんと“選んでいい未来”があるんだ)
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